シルエットは全てバンクシーに見える。

茨城の出張。

雪が降り資格の学科試験のため一時帰省で札幌に戻るはずが、雪のため飛ばないという。

このような憂き目にあうのも、めざまし占い最下位が影響しているからだと解釈して、ラッキーアイテムのペット用品を買おう。そうしよう。

日暮里で下車。

人生で初めてと言っていいほどの猛勉強は、成果を発揮する機会に恵まれず、来年に持ち越し。

そうなったらなんだ飲むしか思いつかない。

東京の街をぶらつき、入った一軒のパブ。隣席のYAZAWAが好きなおじさんに、三ノ輪の商店街の外れのカラオケスナックを紹介されて下地作り。下ネタのオンパレードだった。YAZAWAおじさんも、あだ名がクボッキーだし。

 

ゆーじさんと合流するため鶯谷へ。

どぜうを食う。

ずっと行きたかった銀幕ロックでグラス割りまくる。

締めはラーメン食ってゆーじさん家に宿泊。

 

寄席なんぞ行けなかった。

御朱印帳持ってくれば良かった。

 

悔やまれることはあるものの概ねストレス解消になった。

帰りはアキバでシュタゲの聖地巡礼

ロバートキャパ展。

いろんなところ行きすぎて疲れた。

東海駅すぐのマンションで若夫婦が父であろう人に記念撮影されていた光景が眩しい。

 

札幌に帰ったらみずえと暮らす準備をしよう。f:id:nidaime-taiyo:20190210155723j:image

 

 

 

 

37chamber!!!すなわち誕生日!!

新しい朝だ!というか昼だけども。
あれからというもの、呪われたような気持ちで生きていたけど、今はとっても良い感じがする。
少しずつそれ以前よりも心が軽くなっていて、要するにあれは風邪の治りかけにグッと熱が上がるような、そういった人生のフィーバー状態だったのだ。

すべからく私が選んだ日々の選択が、首を絞める蛇のように巻きついて息苦しく、正に自縄自縛の事であった。

ネガティブである事は、自虐的な暗い魅力に充ちていて、特にバーボンをしこたま飲んでいる時、トムウェイツがかかって、私は「うぅぅ、今夜も寝苦しいぜ。」かなんか言って夜の街をフラつくわけで、これはとても恥ずかしい。

翌朝、雰囲気に酔って中年の思春期のようになっていた事に気づくと死にたくなる。

二日酔いもあいまって。

近頃はそのような事も少なくなった。

齢37歳にもなった。

かといって何かが変わるわけではないけれど。

昨晩夜勤終わりに寄った最寄りのコンビニで、いつの頃からか話すようになった店員のナベさんが、バツイチでも頑張って生きなきゃねって自嘲気味に言っていたのに心癒され、廃棄だけどもしよかったらってケーキをくれた優しさを、私は忘れない。

 

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なんとなく

学生時代からずっと感じていた違和感がある。

言葉にしようと努力したし、「コレだ!」と思ったものを深く理解しようと思った。

逆にコレと思わなかった事象、物事に対して敬意を払ってこなかった。

 

今、齢36を越えてやっとそれに取り掛かっている。

ちょっとしんどい。

ダメな自分に辟易するし、情けない。

 

そんな毎日にも幸せを感じているし、諦めちゃいない。

 

唐揚げの太陽

お昼に私がたまに買う弁当屋は、愛想はないけど唐揚げが評判らしい。私にもとても好評である。
個人経営の長い店で、おじさんとおばさん、それに若い女性が一人。小さな店。
壁には所々に、雑誌や新聞で紹介された記事が切り抜かれセロファンテープで貼り付けられている。
それらに彩られた中央に、メニュー。
ハジの方に別紙で

「おかずだけもありますが割高になります。なるべく自分で作りましょう。」とある。

本来なら、うれりゃうった方がいいのではないか?
繁盛店などは、その時のニーズに合わせてちょこまか変えると仕事が遅れるし生産性が下がるが、だとしたら、最後の一行はなんだ?

おかずだけ買うっちゅうことは、コメは炊いたんでしょ?おかずつくるのめんどくさかったんでしょ?めんどくさがらずにやらんか!その方がきっと美味しいよ。満足が違うよ。な?


みたいなことなんだろうか。と妄想が膨らんだが、こうして書き出すのは億劫ですね。

タクラマカン砂漠

タクラマカン砂漠をしっているかい?
僕はまだ行ったことがないよ。

行ったら出られないんだって。
そう聞いたら余計行きたくないんだ。

タクラマカンってなんだか言いたくなるような語感があるね。
きっと砂漠は何処も入ったら簡単に出られやしないから、語感の良いタクラマカンが有名になっただけで、本当は大したことないんじゃないの?っておもってググるとこらや出られないわって感じに広くて絶句した。

どこへ向かうのか。

生活は別にそれらしく、上がり下がりしながら前へ進んで行く。
その中で、舵を取っている俺は航路を間違ったのじゃないかと不安でたまらない。

コンパスを見ていないからである。

じゃあ実生活においてのコンパスとはなんだろう。

方向指示器。

人生に南北があるはずもないし、四方を設定するのもまた自分である。

とするならば、中心がなくてはならない。

中心とは船。自らのこと。

船を構成する材木や機器、塗料や厨房のステンレス。それら全てを把握していなくても、私の身体という船は前へ押し進む。

心という航海士が、不安定ながらも舵をとる。

コンパスなどもとより、必要ないのかもしれない。

人生という大海原においては。

札幌一時帰省。野付。知床峠。帰省。

今日帰るわけだが、1日休みをいただいたドライブは有意義なものだった。
野付ネイチャーセンターにて鹿だらけ。
朽ちてゆく木々。遠くに見える丹頂鶴。
望遠レンズの人ばかりなわけである。

愛知県から来ていた看護師さんと倒れていたおばさんを救助。
センターの方からコーヒーをご馳走してもらい、いざ知床へ。

通りすぎるだけでもとんでもない景色。
時間を作って、また来なくてはならんなぁ。
ほんとすごかった。

道路脇に滝があったり、霧がかった日だったため峠の間ずっと水墨画の中に取り込まれたかのような幻想空間。

マリファナでも持ってくりゃ…きっとわけわからなくなって遭難する。
すごすぎて畏怖の念から、バッドトリップ間違いなし。

今日も昼までサンダーケレン。
地味に肩に来る。
だがおっけー。帰ってやりたいこともたくさんあるし。
人生初出張これにて幕。
そろそろ朝飯食って来まーす。